人気ブログランキング | 話題のタグを見る

もう1度甲子園へ!

025.gif027.gif039.gif058.gif
桐生第一高校を迎えた三条市親善高校野球大会は市内4校とも完敗で終了した。
春3回、夏9回甲子園に出場し、平成11年夏には群馬県勢初の全国制覇を果たしている名門だからしかたがないと言ったらいつまでたってもこの厚い壁は超えられないだろう。
5年連続で市内4校が桐生第一と戦った成績はこれで1勝19敗となった。(平成21年に県央工が1勝)
今回で三条勢の失点は147点となり、奪った得点はたった30点で1試合平均は2点以下となる。
20試合中コールド負けが10試合になった。

なぜ勝てないのだろうか?
三高は内野の守備が悪すぎる。投手がしっかり投げているのに肝心なところでエラーが出ては勝ち目はない。
三高の正捕手の捕ってから二塁への最速送球は2.00秒だった。これは桐生第一の正捕手の2.06秒を上回っている。
まだ2年生なので来年はプロレベルの1.7秒を目指してほしい。

県央工は3人の投手が継投した。前半リードしながら終盤打ち込まれて逆転された。
3失点は投手陣のせいではない。貧打が勝利を遠ざけている。
自分はこの球が来たら必ず振るという気持ちを持って打席に入ってほしい。

完封負けした三商と東高は来年、チャレンジゲームを事前に行い、勝った方が桐生第一に挑戦できるようにしてはどうだろうか?
そうでもしなければ学校間で競争意識が生まれない。

平成20年(2008年)夏、県央工が鈴木監督の厳しい指導で三条勢悲願の甲子園へ初出場した。
もう1度、市内の学校が甲子園に出場するためには何が必要か?

新潟県が1県1校で甲子園に出場できるようになった昭和49年(1974年)以降、1度だけ甲子園に出た学校は次の通りである。
昭和51年(1976年夏)高田商
昭和57年(1982年夏)新潟工
昭和58年(1983年春)新津
平成 2年(1990年夏)高田工
平成 4年(1992年夏)長岡向陵
平成 7年(1995年夏)六日町
平成13年(2001年夏)十日町
平成20年(2008年夏)県央工
いずれも公立校であり、監督が代わってしまえば栄光からまた苦難の道を歩まなければならない。

今回の招待試合で地元の新聞では初日が200人、2日目が400人の観衆だったと記載されていた。
入場料が無料だというのに選手の父兄が大半で一般客がほとんど来場していない。
これは三条市民の高校野球熱が冷めている証拠である。
地域の人達が一生懸命に応援しなければ三条から二度目の甲子園なんて夢のまた夢になる。

昭和56年(1981年)5月30、31日は県高野連主催の早稲田実業招待野球が鳥屋野球場で行われ、私は見学に行った記憶がある。
早実のエースはあの荒木大輔(2年)である。
球場には初日が3500人、2日目が8000人ものファンが来場したと当時の新潟日報に出ていた。

三条勢のレベルアップはたくさんの熱狂的な高校野球ファンが球場で叱咤激励することに尽きると思う。
もう1度甲子園へ!_a0267861_2071076.jpg

Canon EOS 50D  SIGMA18-250mmF3.5-6.3 DC OS HSM
F11 1/400秒 ISO400 14:01 晴れ
撮影日 2013.6.9 撮影地 三条市月岡・三條機械スタジアム

人気ブログランキングに登録しています。
良かったらここをクリックして下さい。

by chonger53 | 2013-06-13 20:07 | スポーツ
<< 三条vs県央工 県央工vs桐生第一 >>