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三条マルシェ・夏休みマルシェ・ジャイアント馬場は、永遠に・・・・

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夏休み終盤の日曜日に行なわれたマルシェは雨の影響で人手もまばらだった。
“家族の絆”撮影会ではバックペーパーやストロボも濡れてしまい、お店は予定より早めに切り上げてしまった。
そんな中で今回、飲食ブース以外に「全日本プロレス三条サポーターズ~ジャイアント馬場よ、永遠に・・・・~」という面白い出展者が初参加していた。
彼らは三条市出身のジャイアント馬場が残した偉業を後世に伝え、末永く記憶に残す為の活動を行ない、秋山準が継いだ全日本プロレスを三条から盛り上げていこうという主旨の団体である。

私が初めてジャイアント馬場を見たのが小学校5年生くらいだったと思う。
日吉神社で野球をしていたら「馬場が来たろ」と騒がしくなった。
試合を中断して近所の実家へ見に行ったのが最初だった。
すでに帰る様子でタクシーへ乗り込んだ所を見たのである。「でっけえ!」と叫んでしまった。
私が小学校の頃、日本プロレスはジャイアント馬場とアントニオ猪木のタッグで人気絶頂期だった。
1972年、馬場は日本プロレスを退団し全日本プロレスを旗揚げした。猪木も同年に新日本プロレスを設立している。

プロレス中継は1980年代までTVもゴールデンタイムで放送された。
全日本プロレスが三条厚生会館で興行すると、3年前に亡くなった友人とよく見に行っていた。
ブッチャーが場外乱闘するとステージの上まで上がり、馬場の十六文キックなどを浴びていた。
当時はやっていたのがブッチャーの流血した額に色紙を当て、血のりをつける事だった。
楽しみは試合後にもあった。
私が20代の頃、本寺小路でレスラー達の入った店に追っかけをして、いっしょに酒を飲む事だった。
スタンハンセンやブルーザーブロディ、テリー・ゴディ、ケリー・フォン・エリックなどと同席したことがあった。
紅梅ビルの玲於奈 (レオナ) ではタイガージェットシンと上田馬之助も来てライオン像にまたがった事もある。
青丘苑という焼肉屋では百田義浩やグレート小鹿、大熊元司、永源遙らと食事をした。
他にも政市(店名が記憶違いかもしれない)というラーメン屋にジュニアヘビー級のタイトルを獲ったばかりの大仁田 厚とレフリーのジョー樋口と入った事がある。

今ならスマホで簡単に撮影できるが当時はカメラを持っていなかった。
証拠写真を撮っていないのが残念だが、本当にあった貴重な思い出話なのである。

10月25日、新しくなった全日本プロレスは三条大会を旗揚げ記念特別興行として行なう。
ジャイアント馬場は私の記憶の中に永遠に残っていく事だろう。
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Canon EOS 70D TAMRON 16-300mm F/3.5-6.3 Di II VC PZD
F6.3 1/1000秒 ISO640 15:03 雨のち曇り 
撮影日 2014.8.24 撮影地 三条市神明町・パルム跡地


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by chonger53 | 2014-09-29 19:53 | スナップ
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