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指導者

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今日は高校野球開会式の撮影を頼まれてエコスタへ行って来た。
台風8号の影響で昨日は落雷や大雨となり、新潟県内も大きな被害となった。
佐渡市は50年に1度の大雨を記録し、三条市も床上浸水があった。

球場へ向かう途中、ECHIGORIAN~トキめき新潟人~で「新潟野球ドットコム」管理者である岡田浩人さんが出演していたラジオを聞いた。
球場で会って「ラジオ聞いたよ」と話したら、照れ笑いしていた。

開会式前には雨も上がり、88チームが堂々の行進を行なった。

ジャイアンツの原監督の実父でもある原貢さんが5月31日、心不全で死去された。(79歳)
1965年夏、福岡の三池工の監督で初出場初優勝、1970年夏には東海大相模高で2度目の全国制覇を達成する。
1975年、原さんが東海大相模高監督時代に新潟県の高校野球指導に訪れた事がある。
これは私が高校2年の時、新潟日報の記事をスクラップブックに貼り付けていたものである。
原さんは当時40歳で高校野球の若手指導者としてはもっともホープな人だった。

記者の質問に新潟勢はパワー不足でひ弱い感じ、みんなケツが小さいと語っている。

石炭不況の真っ只中で、組合が分裂。三池工は第一組合と第二組合の子供同士が口を聞かない状態だった。
原さんは選手たちと話し合って甲子園という共通の目標を持たせ続ける。

高校野球の指導者は教育者たれとの持論も唱えている。
厳しさは必要だが、選手の長所を育てる努力をし、自らも反省して選手に接しなければいけない。

授業で眠るようなヤツは集中力がないからダメだともいう。

新潟のもっとも敵となる雪は工夫して乗り切る。
冬場の基礎体力作りはただマラソンをするのではなく、ダッシュやインターバル走をたくさんさせる。
野球は陸上と違って、ストップが必要だ。鋭いダッシュとストップを反復すればマラソン同様の持久力がついてくる。

40年前は一県一校で県内で勝ちさえすれば甲子園に行けるんだという風潮があった。
当時の記事にも甲子園で勝つ野球がこれからは必要なのに、もっと他県の強豪校に遠征するべきだとしている。
そのためには財政的な面もからも周囲の理解がいると説いている。
今では高速道路の発達で当たり前の様に県外遠征が出来るようになった。

私は最後は、指導者の情熱こそが1番大切なものだと感じている。
高校野球をやった生徒達は、大学を卒業したら教員となって新潟県の野球を強くしてもらいたい。

今日、球場で私の同級生の子供に会った。
彼は大学で野球経験がありながら、赴任した高校で別のクラブの顧問をしていた。
3年間がまんして来て、ついに野球部のコーチになったようだ。
まだ20代の青年である。いつか監督になって甲子園に出場した雄姿を撮影してみたいものだ。
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Canon PowerShot G10  6.1-30.5mm 
F8.0 1/60秒  ISO200  
撮影日2014.7.9 撮影地 自宅


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by chonger53 | 2014-07-10 20:31 | スポーツ
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